【情報まとめ+私見】オンライン受講は合理的配慮になるのか?
2022年9月5日に大学等の高等教育機関における障害学生支援の職能団体であるAHEAD JAPAN CONFERENCE 2022のトークセッションに参加させていただきました。テーマが「オンライン受講と合理的配慮」ということで、私自身が2020年度からずっと考えたり、情報を集めてきたテーマであったので、何か参考になるものが残せればと思い、長文にはなりますが、情報をまとめておきたいと思います。できる限り、情報源を引用(リンク)しながら、書いております。
もし、情報の過不足、誤認、意見があれば個別にお知らせいただけると幸いです。
なお、このテーマは情報が不足しているところもあるので個人的な意見や考えも書きますが、できる限り「事実や他の情報源から示されていること」と「個人的な考え」を分けて書くようにしています。個人的な考えを述べているときには【考え】と付記して色分けをしています。
コロナ禍で高等教育機関に在籍する障害のある学生をめぐり、何が起きたか?
コロナ禍で大学等の高等教育機関で(もちろん、初中等教育機関でも)オンライン授業が行われるようになりました。文部科学省が実施した「新型コロナウイルス感染症対策に関する大学等の対応状況について」によれば、授業を実施している大学のうち、2020年5月20時点では約90.0%の大学・高等専門学校で遠隔授業(以下、オンライン授業)が実施されており、面接授業(以下、対面授業)を実施している大学等は約3.1%でした。次第に対面授業を実施する大学・高等専門学校が増えはじめ、2020年6月1日時点では約9.7%、2020年7月1日時点では約16.2%となっています。2020年10月20日時点では前期授業で対面授業の実施割合が半分未満である大学・高等専門学校のうち、約50.4%が授業全体の半分以上を対面授業とするようになりました。2021年度以降になると、本格的に対面授業への移行がはじまり、半分以上を対面授業とする大学等の割合について、2021年度では約97.4%、2022年度では約99.3%となりました。このように、コロナ禍によって高等教育機関では2020年度初期にはオンライン授業を基本としつつ、段階的・部分的に対面授業を再開し、2021年度以降、その割合を徐々に増やしている状況になっています。
高等教育機関でオンラインという新しい授業形態が表面化する中、障害のある学生にはどのようなことが起きたのでしょうか。さまざまな課題があるなか、AHEAD JAPAN CONFERENCE 2022のトークセッションでも触れられた「オンライン授業における合理的配慮や授業設計」と「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」の2つが新たにコロナ禍で出現した事柄だと考えられます。
オンライン授業における合理的配慮や授業設計
AHEAD JAPAN(一般社団法人全国高等教育障害学生支援協議会)では、高等教育機関に向けて「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と高等教育機関における障害学生支援に関する声明文」を出しています。声明文によれば、障害のある学生にとっては、オンラインでの授業等において個々のニーズに合わせたサポートが必要であり、各機関に対して、きめ細やかな配慮が提供されることを求めています。声明文の要点は下記の通りです。
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- 教育活動のオンライン化に当たって、障害のある学生の個々のニーズにあわせた支援が提供されること
- 障害のある新入生は在校生以上に不安を抱えている可能性があるため、相談の仕方や支援の利用方法等について、確実な方法で伝えること
- オンライン授業等で用いる配信システム、及び各機関で活用されている学習管理システム(LMS:Learning Management System)におけるアクセシビリティが確保されること
- オープンキャンパスや入学考査等における受験生に対する対応、在学中の学生に対する各種行事や就職活動についても、障害によって参加の機会が制限されないこと
- 障害のある教職員における業務のオンライン化等においても必要な配慮がなされること
- 障害にとどまらず多様なニーズに対して必要な配慮がなされること
さらに、新型コロナウイルス対策に関連した障害学生支援情報もまとめられています。さまざまな機関・団体・個人からの情報をもとに、オンライン授業に障害のある学生が公平・公正にアクセスできるように合理的配慮の具体的な方法や技術、考え方などが紹介されています。
また、筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンターでは「障害のある学生の受講を想定したオンライン授業の対応について」という筑波大学の教職員向け通知をWEB公開しています。新型コロナウイルス感染症の拡大が表面化し、大学等の対応が迫られていた時期である2020年4月8日にver.1を公開し、2022年度にver.2として情報更新しています。この通知の中では個別の合理的配慮としてのみならず、あらかじめ行える授業環境の整備(事前的改善措置)として、オンライン授業を行う1人1人の授業担当教員が自身の授業に障害のある学生が受講しているかもしれない状況を想定したオンライン授業で生じやすい課題や授業のポイントをまとめています。この通知では、障害の有無にかかわらずアクセスしやすいオンライン授業の設計(授業のユニバーサルデザイン化)を目指し、それぞれの障害をニーズ(困難)に置き換えて、「聞くこと(聴覚障害・発達障害等)」「見ること(視覚障害・発達障害等)」「筆記や操作(運動障害・発達障害等)」「会話・コミュニケーション(発達障害・精神障害等)」などに分けています。
このように障害学生支援を仕事とする教職員を中心に「オンライン授業における合理的配慮や授業設計」についての情報提供や発信が多く行われるようになりました。一方で、障害のある学生たち本人は、オンライン授業をどう捉えていたのでしょうか。
独立行政法人日本学生支援機構が「令和2年度 障害のある学生への修学支援における学生本人による効果評価に関する調査研究(プロジェクト研究)」を2020年度に実施しています。この研究では、障害のある学生本人を評価者とした合理的配慮の提供に関する調査研究の一環として、コロナ禍に伴う大学等におけるオンライン授業に対する障害学生の修学支援状況や学生生活の変化などを障害のある学生431名に調査しています。概要版のスライドもまとめられています。その中では、調査に回答した障害のある学生のうち、半数以上の学生が「場所や時間を問わずアクセスできること」、特にオンデマンド型授業では「複数回アクセスできること」や「再生・停止、再生速度の変更ができること」がオンライン授業で役立ったこととして挙げられています。また、オンライン授業で困ったことや課題を感じなかった学生が約25.4%いることも分かりました。
これは障害学生本人を対象とするオンライン授業への対応に関する初の全国調査ですが、もちろん、障害のある学生全員がオンライン授業に満足しているわけではないことも示されています。この調査で挙げられた障害のある学生からの声を一部抜粋したものを下記にまとめました。この他にも障害のある学生からの多くの声が挙げられているので、関心のある方は調査報告書全文の88ページ以降をぜひご確認ください。
オンライン授業を高く評価した障害のある学生の声(抜粋)
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- オンライン授業では配慮を依頼する必要がなくなり、他の学生と同じ条件の下で学習を進めることができるから。[視覚障害(盲)]
- 字幕がついていると情報量が多いので助かるため、知識を提供するタイプの講義は動画配信型の方が情報量が多いし、自分のペースで字幕を見ることが出来るので楽しかった。特にディスカッションはチャットのみでいつもより参加出来ていると感じられたため。[聴覚障害(聾)]
- 通学しないことにより、天候の心配、車椅子の充電の心配をしなくてよいこと、音量を自分の意思で変更出来るため、授業の際に聞き取れないことの心配をしなくて良いことにより、気疲れしない、安心できることが大きな理由である。[肢体不自由(上下肢機能障害)]
- 授業参加のハードルが下がり、今まで出席が足りずに落としてきた単位が多くあったのが、今年度はなくなりました。授業参加がしやすくなったことで理解も深まり、勉強の楽しさも分かるようになって学習意欲も増し、大学で最も勉強できた年となりました。[発達障害(ADHD:注意欠如・多動症)]
- 今まで資料の配布や課題提出が私だけ個別対応だったものが、一斉配信となりその必要がなくなったことがとても学習しやすい環境だと感じたため。[発達障害(SLD:限局性学習症、学習障害)]
- 睡眠リズムが崩れやすいため、決まった時間(特に早朝)に通学して授業を受けるよりも、オンラインで授業を視聴する方が身体的にも精神的にもはるかに負担が少ないため。[精神障害(摂食障害、睡眠障害等)]
オンライン授業を低く評価した障害のある学生の声(抜粋)
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- オンライン授業では、資料や動画を見返せたり、自分のペースで学習できたり利点もあるが、私は友だちと一緒に学ぶ空間が好きだし、分からないことなどその場ですぐに聞けるので対面授業の方がいいです。[視覚障害(弱視)]
- 前期で教師がなれていないのは仕方ないが、後期でも動画状態や資料状態はほとんど改善されず、これが続くのであれば学生の習熟度は大きく落ちると思うから。[聴覚障害(難聴)]
- まず教員が自分の存在を認識すらできず、合理的配慮を行う機会そのものがない。さらに一方的に講義が進行し、質疑応答の時間もなく、メールも無効にされているため、疑問点を解消することもできない。[発達障害(ASD:自閉スペクトラム症)]
- 私は対面型授業の方が集中しやすく、教授とも直接交流が出来るため、薬のことや体調などの情報交換が行いやすい。[精神障害(うつ病、双極性感情障害等の気分障害)]
- 対面授業に比べて課題などのやることが圧倒的に増えている割には学習効果は対面授業と同じかそれ以下の授業が多く感じるため。[精神障害(摂食障害、睡眠障害等)]
- 対面の授業であれば、いつも前の方で授業を受けることができ、リアクションが先生に伝わりやすいが、オンラインは質問のタイミングもわからないし、自分の表情や状況も伝わらず、授業についていけなかった。[診断無+傾向有:発達障害(ASD:自閉スペクトラム症)]
【考え】”学生によって満足度が変わるのは、障害の内容も個々に異なるうえ、同じ障害の名称であったとしてもその表れ方に個人差があること、受ける教育内容が違うこと、そもそも障害以前に1人の学生として考えが多様であることなどが影響するため、オンライン授業に対する感じ方も異なっているのだと思います”。
このように障害のある学生本人のニーズがあり、適切な配慮や対応がなされた場合にオンラインという方法は障害のある学生のアクセスを促進する側面があることが述べられています。最後に、この調査報告書の考察・今後の展開では「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」についても触れられていますので、一部抜粋して紹介しておきます。
現在のコロナ禍におけるオンライン授業の実施は、あくまでも新型コロナウィルス感染症の感染予防を目的としたものであり、障害を理由としたものではない。今後、障害学生がオンライン受講を合理的配慮として希望した場合に、感染状況が落ち着いたことや当該学校が通学課程であることを理由として拒まれる可能性も考えられる。
先に述べたように、現在、高等教育機関では対面授業を基本的な授業形態とする方向になっています。この調査で課題として挙げられた「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」を私たちはどのように考えて、対応すれば良いでしょうか。
対面授業において合理的配慮としてオンラインで授業受講すること
大学におけるオンライン授業に関する現行の取り扱い
このテーマを考えるにあたっては、前提として、高等教育において授業の形態やオンライン(遠隔)がどのように定められているのかを確認しておく必要があります。ここからは特に通学制の大学に関して述べていきます。大学には通学制や通信制がありますが、現行の制度については第10回 中央教育審議会大学分科会質保証システム部会(2021年8月4日)が参考になります。その要点は下記の通りです。
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- 通学制の大学は対面授業を前提としていること
- 卒業に要する124単位のうち、60単位まではオンライン授業のみで実施することが可能
- 残りの64単位についても、主として対面で授業を行うものであれば、その一部(半分未満)はオンライン授業を実施可能
つまり、通学制の大学では対面授業を前提とするが、60単位まではオンライン授業のみで実施、または半分未満の授業時数をオンラインで実施しても構わないことが定められています。また、新型コロナウイルス感染症への対応にあたり、現時点ではより柔軟な規定になっています。文部科学省高等教育局大学振興課 通知「学事日程等の取扱い及び遠隔授業の活用に係るQ&A等の送付について」(2021年5月14日)によると、次のように書かれています。
問11 授業科目として全ての学生に対し,半分以上の授業時数を対面で受講することを求めていたとしても,基礎疾患等を有する一部の学生が感染リスクを恐れる場合など,大半の授業を遠隔授業での受講を希望する学生がいる場合はどのように扱うのか。
○ 問10と同様,全ての学生に対し,半分以上の授業時数を対面で受講するよう求めている場合であれば,基礎疾患を有する学生や障害を有する学生など一部の学生個人の希望により,結果として当該学生が対面で受講する授業時数が半分未満となった場合があるとしても,当該授業科目は面接授業として取り扱うことで差し支えなく,当該学生を含めて,大学設置基準第 25 条第2項の授業の方法により修得する単位として計算する必要はありません。
この内容について、分かりやすいイメージ図が、中央教育審議会大学分科会質保証システム部会作業チーム会合(第3回)会議資料「資料2 現行制度において、各大学の運用等で実施可能な取組例」5ページに示されています。つまり、そもそも対面で全ての時間を構成する授業であっても、特定の学生が病気等により、また、基礎疾患を有する学生や障害を有する学生が希望して、結果的にオンラインでの授業受講が多くなっても(半分以上)、大学の制度上、その学生に対面授業として実施したとみなせる、運用になっています。
【考え】”このような状況を踏まえると、非常に極端に現実味のないことを考えれば、対面授業で124単位を取得しなければいけない大学の学部等において障害のある学生が希望すれば、全ての授業をオンラインで受講したとしても現行制度上は対面授業として実施したと捉えられるかもしれません。ただ、この通知を読み解くうえでは、いくつかの留意点があると考えられます。まず、これは「新型コロナウイルス感染症への対応」を念頭にしたものであるということです。新型コロナウイルス感染症に対するハイリスクのある学生と同様に、感染リスクとは関連がない障害のある学生が同じように扱われるかは明確に示されていません。ただ、「基礎疾患を有する学生や障害を有する学生」と書かれていますので、この通知が改められない限りは障害を理由とする場合も同じ取り扱いをして差し支えないと思われます。2つ目に、この通知は暫定的な対応であるため、今後、変化する可能性があるということです。コロナ禍の経験を踏まえて、また、デジタル時代に対応するため、大学での教育のあり方も議論されている途上にあります。この点は、今後の高等教育関係施策に注意を払う必要があります。3点目に、この通知では「合理的配慮」としてオンラインでの受講をすることについては一切触れられていません。なので、合理的配慮として認められるかという観点の公文書は現時点で存在しないことになります。”
このように、現在の日本の大学におけるオンライン授業の取り扱いでは、一定の条件下で障害のある学生が対面授業をオンラインで受講できるような枠組みになっています。ただ、制度上では明瞭になっていない部分もありますので、実情は各高等教育機関がそれぞれ判断しなければいけない状況です。それによって、同じような教育課程編成や授業であっても、高等教育機関によって対応が異なるのが現状です。
日本の現状はこのような状況ですが、新型コロナウイルスによる影響は日本だけではなく国際的パンデミックですので、ひょっとしたら、海外の状況を参考にすることが有益かもしれません。そこで、海外、特にアメリカの状況を可能な限り、調べてみました。
アメリカにおける障害のある学生が対面授業をオンラインで受講することへの対応
日本では障害学生支援の職能団体としてAHEAD JAPANがありますが、その設立よりもはるか前にアメリカでAHEAD(Association on Higher Education And Disability)(以下、米国AHEAD)が設立されています。日本では2022年度に8回目の年次大会となりますが、米国AHEADでは今年度45回目で歴史のある職能団体です。こちらでも新型コロナウイルス感染症に関するリソースが公開されています。また、米国AHEADの会員になると、会員限定の掲示板(community)を利用することができ、こちらでは合理的配慮をはじめとする障害学生支援に関する各大学等で対応に困っていることや悩んでいることを共有して、他の大学等の教職員がコメントできるようになっていて、毎日のように交流が行われています。その内容は個別的な案件もあるので詳しくは書けませんが、「対面授業において合理的配慮としてオンラインで授業受講すること(remote attendance)」についても情報交換が行われています。
この米国AHEADの会員専用リソースの中で、毎月ニュースレターが発行されているのですが、2021年11月に「対面授業において合理的配慮としてオンラインで授業受講すること(remote attendance)」に関して、米国AHEADの元代表(President)からの情報提供がありました。ここからは公開されている情報をもとに、私が調べられた範囲で触れていきたいと思います。
アメリカ教育省の中に公民権局(Office of Civil Rights:OCR)という組織があり、障害に関する差別をなくし、紛争を解決するための苦情申し立てに対応しています。多くの申し立てに対して、事実確認をする調査を行い、調査結果を第三者が分析して大学長等に調査結果を通知(Letter)を送付するとともに、公表されています。アメリカの歴史や文化等の影響もあると思いますが、このLetterは、多くの高等教育機関において障害のある学生への対応の指針とされており、非常に影響力の大きい通知となっています。米国AHEADの年次大会でもOCR Year Reviewとして最近の対応状況などが周知されており、私が対面で大会に参加していた時にも多くの参加者がいました。
このOCR Letterの中で、2021年8月16日にChamberlain University School of Nursing(チェンバレン大学)通知された内容が「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること(remote attendance)」に関係します。チェンバレン大学は米国内に複数の拠点をもち、臨床実習も対面で行うコースとオンラインで行うコースを複数提供している看護学校であるようです。この通知で対象となったケースの概要を下記に示します。
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- 2021年2月6日に受理した障害(多発性硬化症)のある学生Aからの申し立て。
- 学生Aは自身の障害に関連して新型コロナウイルス感染症の罹患患者との接触を避けるように主治医から指摘されていた。しかし、学生Aが希望する学外臨床実習のローテーションで配属予定の病院では、その保証ができない状況であった。
- その後、2020年12月10日に学生Aは大学の障害学生支援部署へ「学内臨床実習を受けられるようにすること」を合理的配慮として申請した。学内臨床実習は定員制で限られていたが、2020年12月21日に学部長から「たまたま空きが出た」との理由で学内臨床実習に配属することを許可された。そのため、2020年12月29日に、障害学生支援部署からは既に学内臨床実習に配属されているため、合理的配慮を行う必要はないと返答があった。
- その後、2021年1月4日に、学生Aは「ニューヨークで自分の障害に関する治療を受けるために、その期間、オンライン(バーチャル)での講義と臨床実習を受けること」を2回目の合理的配慮として申請した。それに対して、2021年1月22日に学部長や障害学生支援部署で会議をした。その会議の中で「学生Aが希望するコースの実地学習は本質的要素であり、実際に学生の技能を見ることが必須であること」「所在するジョージア州では新型コロナウイルス感染症の規制が緩和され、オンラインによる機会提供を行わなくなったこと」が確認された。そして、2021年2月1日に、障害学生支援部署は、申請が合理的ではない(unreasonable)として、合理的配慮を認めないことを学生Aに通知した。
- 学生Aは、2021年2月4日に学部長と電話で話をした。学部長からは合理的配慮を認めない理由を説明し、(1)オンラインで受講できる他のコースでの実習、(2)学内臨床実習を受ける、(3)臨床実習を休む、などの選択肢が提示された。
- 結果的に、学生Aは障害の治療を遅らせて、学内臨床実習を受けることにした。そして、OCRに苦情申し立てを行った。
- 学生Aが当初希望していたコースは、新型コロナウイルス感染症が拡大した当初はオンラインでの実施をしていたが、それはパンデミックにより他の選択肢がなかったという理由で行われたことであった。ジョージア州での規制が緩和されて、臨床実習を再開した。しかし、受け入れられる実習先が見つからない時には、オンラインでの臨床実習は提供されていた。
オンラインコースを有する看護系大学ということで日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」に関して丁寧に情報が整理され、公開された貴重な資料だと思います。このケースについても色々と考えるところはありますが、結論として、この学生Aからの苦情申し立ては解決すべき問題である、とOCRから指摘されており、大学は改善に向けての組織的対応が求められました。その理由として「対話的プロセス(interactive process)が確認できなかった」ことが指摘されています。例えば、学生Aからの申し立てについて話し合いは行っていますが、適切な合理的配慮の案が検討された根拠がないとされています。
【考え】”これを読まれた方の中には「学部長から選択肢が提示されているではないか。学生に選ばせているし、これは建設的な対話だろう」と思われる方がいるかもしれません。しかしながら、そもそも大学と学生は対等ではありません。選択肢を提示しているといっても、その選択肢を決めているのは大学であって、学生が希望する選択肢は含まれていません。また、Letterの中でも、既に何人かの学生がオンラインで修了しているし、他のコースではオンラインで提供していると指摘されています。オンラインで過去に修了している学生がいるという状況がありながら、そのこととの関連についての説明は学生Aに行われていないように見受けられます。そう考えると、Letterでいう対話的プロセス、つまり、建設的対話には至らなかったと考えられると思います。”
このLetterでもう1つ確認しておくべき点は、あくまでも対話的プロセスの問題であり、大学は必要不可欠(essential)な要素があるなら、それを学生に適切に説明し、代替案を検討すればよい、ということです。つまり、全ての授業でオンライン受講に対応することは求められていないと捉えて良いと思います。このLetterを踏まえて、他の大学においても「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること(remote attendance)」が検討されているようです。対話的プロセスにおいては、学生が必要な情報を取得できる状況であったかも重要なポイントですので、それが学生にも見える形で公開されている大学もあります。ここでは、オレゴン州立大学における「障害と関連する合理的配慮としてのオンライン学習の申請」というWEBページを紹介します。このWEBページでは2022年の春学期において、対面授業を合理的配慮としてオンラインで受けたい学生に対してのアナウンスが下記のように示されています。
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- オンライン学習は承認された場合、学期単位でのみ利用可能
- 各学期で学生が受講する授業に基づき、教員と協力して実現可能性を判断するとともに、オンライン学習を利用するための継続的な障害の影響を判断することが条件となる
- 事前の申請期限を設けている。期限以降の申請も対応するが制限があることを明示している
- 授業によってはオンライン学習が認められるものと認められないものがある
- オンライン学習を希望する場合は医療機関からのレターが必要(下記4点が必要)
1:学生と医師の治療関係の説明
2:医学的・精神医学的な診断の確認
3:オンライン学習を支持する旨の記述
4:障害によって対面授業への出席が実質的に制限されていることの説明
A) CDCが認定するCOVIDハイリスクの学生(例:糖尿病)
・対面することによる健康上のリスク評価が含まれる必要がある
B) CDCが認定するCOVIDハイリスク以外の学生(例:精神的な健康状態)
・オンライン学習が唯一実行可能な選択肢であることの説明
・障害によって、他の学生と比べてどのような不公平さがあるかの説明
▶︎多くの人が対面授業での再適応時に感じると予想される典型的なストレスや緊張を超えるものでなければならない
【考え】”このような指針は、「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」を検討している障害のある学生が、そもそも申請して良いのか、申請にあたってどんな準備が必要なのかを考えるために役立つと思います。一方で、医師の所見だけで画一的に合理的配慮を進めることには留意が必要だと考えられます。日本の大学等では、医師の診断書に「●●という合理的配慮が必要」と書かれるような診断書も散見されるようになりました。このように明示的に合理的配慮の必要性が書かれることは障害のある学生の助けになると思います。このように機能障害があることの証明として医師の診断書は頻繁に用いられますし、有効な場合がありますが、障害のある学生が直面する社会的障壁は当然ながら環境によって変わります。つまり、学生が所属する教育課程や授業によって社会的障壁は変わるため、医師の所見のみで一律に認める・認めないの議論をすることには無理があると考えられます。例えば、講義形式と実習形式では合理的配慮の内容が変わる場合が多いと思います。そう考えると、機能障害に関する根拠資料(例:診断書)だけで合理的配慮を決めることは困難です。診断書等の根拠資料を踏まえた上で、さらに教育環境における社会的障壁を確認し、建設的対話に基づいて合理的配慮を個別具体的に検討することが不可欠であろうと思います。”
これらのアメリカでの動向を踏まえながら、「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」に、日本の高等教育機関では今後どのように対応すべきでしょうか。
日本における今後の対応や検討課題
「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」を考えるうえで、まず大切なことは、それが「合理的配慮」であるということです。
【考え】”当たり前のように聞こえるかもしれませんが、その言葉の解釈に個人差が非常に大きいと考えています。合理的配慮は reasonable accommodation の訳語ですが、日本語の「配慮」は、広辞苑にあるように[心をくばること。他人や他の事のために気をつかうこと]という意味を持ちます。ですが、本来の意味は「(環境の)調整」となり、心くばりや気づかい、ほどこし等ではないことに留意が必要です。例えば、イギリスでは同様の言葉を「合理的調整(reasonable adjustment)」と定めています。ですので、個人的には合理的配慮は「合理的環境調整」と捉える方が本来の意味により近づくと思いますし、安易に「配慮」と省略することの危うさも感じています。”
合理的配慮については、障害者権利条約で定義が示されています。
障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
障害者権利条約を踏まえて、障害者差別解消法が施行され、合理的配慮の提供義務が課せられています。高等教育における合理的配慮の基本的な考え方は、文部科学省が発行する「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第二次まとめ)」が参考になります。より詳しく法の理解を考えると「東京大学PHED 障害学生支援スタンダード集 法の理解 Law」で示される7つの要素を満たすものが合理的配慮となります。
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- 障害学生個人のニーズが現実に存在すること
- 過重負担のない範囲であること
- 社会的障壁を実際に除去すること
- 障害学生の意向を尊重すること
- 他の学生との機会均等を実現するものであること
- 大学の本来の業務に付随する範囲で提供されるものであること
- 授業やサービス等の本質を変更するものではないこと
つまり、「対面授業において合理的配慮としてオンラインで授業受講すること」を考えるということは、何か新しい概念を生み出して考えるのではなく、今までの「合理的配慮」の要素を踏まえて、今まで通り、個別具体的に考えることが求められます。それでは、どのように実際に考えられるのか、ここからはあまり情報源がないので、私見【考え】を主に述べます。
「1 障害学生個人のニーズが現実に存在すること」
【考え】”学生からの申請がある時点で、ニーズが現実に存在すると考えて良いかもしれません。ですが、障害の有無にかかわらずニーズが現実に存在する場合も考えられます。例えば、障害のない学生が長期的な部活動の遠征への参加によって対面授業の出席に支障があり、オンラインを希望するなどです。「障害を理由とする」という法律の趣旨から考えると、学生の機能障害と「対面授業で行われる情報や体験にアクセスすることができない(容易ではない)」という社会的障壁に何らかの理論的関係がなければならないと考えています。”
「2 過重負担のない範囲であること」
【考え】”実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)の観点から過重になるかを考える必要があります。ですが、すでにオンライン授業を実施しているという経験を踏まえると、「物理的・技術的制約」は軽減されていて、あまり理由にならないと思います。一方で、「人的・体制上の制約」について、授業担当教員のオンライン受講に関するスキルや個別対応できる時間の制約が予想でき、この点は考慮する必要があります。しかし、人的・体制上の制約があることだけで一律に合理的配慮として認めないという考えは困難だと思われます。もし、教育組織や障害学生支援部署等の他部署のサポートにより負担軽減できる可能性があるなら、この観点は解消されると考えられますので、場合によってはオンラインに対応できる知識・技術をもった人を大学として、あるいは障害学生支援部署で配置して教員をサポートするなどの仕組みがあっても良いと思います。この点は、文字通訳などの情報保障と考え方が似ていると思います。”
「3 社会的障壁を実際に除去すること」
【考え】”対面で受講せずにオンラインで受講する時点で、前提となっている社会的障壁(対面での受講)の除去は期待されているため、この点は大きく問題にならないかもしれません。ただし、オンライン受講にすることで新たな社会的障壁が生じる可能性があるなら(例:他学生との対面交流ができないことによる弊害)、その可能性について事前に確認したうえで、障害のある学生の意向を確認する必要があると思います。”
「4 障害学生の意向を尊重すること」
【考え】”障害学生の意向を尊重するということは、教職員側の一方的な勧めによって行われるものであってはならないということです。例えば、「障害のある学生はオンラインの方が受けやすいし、学びやすいと思うから、あなたはオンラインで受講した方がいいよ」と一方的に教員から勧めるなどです。逆に、障害のある学生からの申し出であったとしても、その意向の背景も推察することは期待されると思います。例えば、1年生など、これまでオンライン授業を中心で経験してきた学生では、そもそも対面授業をほとんど受けたことがないから不安で、オンライン受講を求める場合があるかもしれません。その学生が合理的配慮を申請するにあたって、対面授業の受講も含め、考えられる選択肢について十分な知識や経験を有しているかも考慮する必要があると思います。もちろん、「あなたは対面授業を受けたことがないから、オンラインじゃなくて対面を受けた方がいいよ」と一方的に決めることも障害学生の意向を尊重しないことになると思います。”
「5 他の学生との機会均等を実現するものであること」
【考え】”機会均等を実現するものである、ということは、基本的にオンラインでなければ公平な受講機会(授業の情報や体験にアクセスする機会)を得られない場合であることが必須だと思います。例えば、予測できない突発的な症状悪化(flare-up)により登校困難な時があり、大学の対面授業に来れない場合は機会の不平等に当たるかもしれません。アメリカでのケースを聞いていても、症状悪化(flare-up)の理由は比較的多そうな印象です。一方で、オンラインの方が対面授業よりも好みである、楽である、という理由は機会均等を実現するという目的にそぐわないと考えられます。”
「6 大学の本来の業務に付随する範囲で提供されるものであること」
【考え】”授業は大学の本来業務ですし、現行では必要に応じて、対面授業においてオンラインでの受講に対応することも高等教育機関に認められているので、この点について大きな問題はないと考えられます。ですが、高等教育関係施策の動向が変わり、オンラインでの受講が大学等に基本的に求められなくなる時勢となった場合は解釈が変わるかもれません。”
「7 授業やサービス等の本質を変更するものではないこと」
【考え】”授業については、シラバスおよび裏づける3つのポリシー(特に、カリキュラムポリシー、ディプロマポリシー)が教育の目的・内容・評価の本質を示す資料の骨格となると考えられます。より砕くと、当該授業の評価に関係する「到達目標」「評価基準」などをオンラインで受講することによって損ねないようにしなければいけません。多くの授業担当教員は現状において、障害学生の受講を想定してシラバスを作成しているわけではないと思いますので、シラバスの内容だけで判断するのではなく、背景にある授業担当教員および教育組織の方向性を確認することが求められます。この7つめの要素について、多くの教員から「対面でないと学べないことがある」などという理由で合理的配慮を認めない理由の抗弁になりやすく、分水嶺だと思います。この点に関しては、コロナ禍で既に同じ授業科目をオンラインでも対面でも実施している場合が多いのではないかと思います。『同じ授業の単位をオンラインでも対面でも認めているのに、教育の質保証はどのようにされているのでしょうか?』『先生方が行われている授業において、オンラインと対面で、どのように到達目標が変わったのでしょうか?』など、障害のある学生等からの疑問に対して、教育組織や授業担当教員が適切に答えられなければならないと思います。もちろん、アメリカの事例から学ぶように、これらの説明責任を十分に果たしたうえで、オンライン受講によって授業や教育の本質を曲げるのであれば(例:対面でのみ行われる実習)、それは合理的配慮ではない、ということになると思います。ただ、その場合でも対話的プロセス、つまり建設的対話を障害のある学生と継続することが必要不可欠だと思います。”
個人的な論考をまとめた程度ですが、何かのご参考になれば幸いです。また、筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンターにおいて「障害を理由とした合理的配慮としてのオンラインによる授業受講について(通知)」という筑波大学の学生向けの通知が出ていますので、こちらもご参考いただくと良いと思います。この通知では、「対面授業において合理的配慮としてオンラインで受講すること」は従来から行われている合理的配慮の申請プロセスの中で想定される範囲であり、障害のある学生は同様に申請することが想定されている、と示されています。また、上記で述べたような観点の一部についても説明されています。
【考え】”上記の通知について、「対面授業を受けることが難しい」という社会的障壁、『オンラインによる授業受講』を置き換えれば別の社会的障壁や合理的配慮についても同様に考えられる場合があるかもしれません。”
(著:佐々木銀河 2022年9月6日作成)